文芸誌放談

日本の文芸シーンの最先端である文芸誌を追っかけ、格付けし、思ったことなどテキトーに。

「苦麻の森」池澤夏樹(「新潮」2013年5月号)

★★★★☆ 面白かった。意外だったが面白かった。

(あらすじ)仁井田は社会福祉協議会の一員で、故郷を追われ東京で避難生活を続けている人たちを訪問するなかで、菊多と出会う。菊多は元教員で大熊町に住んでいたが、いまは66歳の一人身として東雲の高層マンションで暮らしている。仁井田との出会いから地元の新聞を手に入れるようになり、スクラップしていくことで自分を取り戻していく実感を得ていた菊多は、やがて姿を消してしまう。福島に戻ってしまう。そこで彼はなにを見て、なにを感じたか・・・

他の土地の者ならば今のこの町を見て荒れていると言うだろう。
屋根などが傷んだ家も少なくないし、空き地はどこも雑草が生い茂っていて道路には厚く砂埃がたまっている。路肩に放置された車の中にはタイヤの空気が抜けてしまったものもあり、転がった自転車はすっかり錆びていた。
しかし私の目には町並みはこの上なく美しいものに見えた。
たしかに変わり果てた。
それは間違いない。
人が住んでいないのだから。
それでも見慣れた形式、知っている町並み、よく歩いた道路だ。
喉が渇いた者が水を飲むように私は目前の風景を目から吸収した。まるで自分が一塊の海綿ように思われた。(p41, p42)

上記の引用部が本当によかった。菊多は、地方紙に投稿されたひとつの歌をきっかけとして帰宅を決意するのだが、仁井田がメインとなっているパートから菊多のパートに移って、ぐっと作品が良くなる(最後の段落で仁井田パートに戻っているけど、あの部分は不要だったんじゃないかと思う)。
この菊多のパートは、菊田の手記の転記なのだろうか? 詩的な書き方が続くんだけど、これがまったく嫌味がない。『双頭の船』の経験が、この短編に活かされていると思う。池澤はまだ被災者のことを書き続けるのだろうが、さらにレベルアップしてくれるのなら喜んで読みないと思う。